クリエイティビティとノット・ノーマル
こんにちは。前回は、ゴール設定についての記事をお送りしたと思いますので、次にふさわしい内容は、ノット・ノーマルでしょう。
ノット・ノーマルは、自然なコーチングを実践した結果です。
つまり、コーチングを実践すれば、誰しも必ずノット・ノーマルになるのです。
ということは、ノット・ノーマルという概念について話すことは、コーチングを実践する人生について話すことになりますから、今回はそのような記事にしていこうと思います。
さて、まずノット・ノーマルの定義は、ノーマルから逸脱しているということになるでしょう。しかし、その逸脱の仕方が重要なのです。
それについて考えるために、ノーマルについて考えてみましょう。逸脱すべきノーマルとは何か、ということですね。
ここでは、ノーマルを「社会のモノサシ」というふうに定義したいと思います。
実際に、社会のルールは法律も常識も、社会の構成員が同意している「妄想」といえます。
ノット・ノーマルとはいえ法律を破るわけではありませんから(これは後で違いを説明するアブ・ノーマルです)、社会の常識のことをノーマルと言っているわけです。
ということは、常識から逸脱すれば、ノット・ノーマルということになります。
この常識とは、言ってみれば社会的なコンフォート・ゾーンです。
「社会的なコンフォートゾーン」という言葉でここで意味しているのは、「〇〇するのが当たり前」という反面、「〇〇しなければ危険」というように我々が自然と思ってしまうものです。
たとえば、大学受験や新卒一括採用などの社会的な慣習は、この種の「モノサシ」と言えます。
ノットノーマルは、このようなモノサシから逃れていることを言うのです。
しかし、逃れ方には、ふたつの道があります。職業のゴールで言えば、競争を忌避して社会の脱落者としての人生を送る方法(アブ・ノーマルな道)と、自らのゴールを設定して起業するなり研究するなりの人生を送る方法(ノット・ノーマルな道)です。
最初にハッキリと言っておかなければならないのは、社会のノーマルには必ず競争があり、そこでは差がつけられることになりますが、その競争から逃げることは単なるアブ・ノーマルであるということです。
ではノット・ノーマルはノーマルの中にある競争とどのように対峙するかというと、その「競争の土俵に乗らない」という選択肢を取るのです。
違う言い方をすれば、新たなゲシュタルトを作るということをするのです。
起業は、1つの方法でしょう。そして、研究もやはり一つの道だと思います。
しかし、それができるのはゴールがある人間のみです。
この社会は豊かなので、ゴール(問題)が見つからない人も多くいます。(大抵、ノーマルの競争から逃げるのは、ノーマルな人生は嫌だけどゴールがないという人です。)
その場合は、「判断保留」という判断を下すべきときです。
大抵は、普通に就職することになるでしょう。それはファイナンスのゴールの観点からみて、多くの人にとって合理的な判断です。
その中で、「ゲシュタルトメーカー」になるための訓練をすればいいのです。
あるときゲシュタルト(ゴール)が生まれ、人生の転機が訪れたとき、その人の人生は変わり始めるのです。
ゴールとは、問題です。
それは、解決しなければいけない問題です。
しかし、「まあ世の中ってこんなものでしょ」と現状を受け入れるのみの人間には、問題はみえません。
ゴールを設定して未来のビジョンを描くということは、問題を発見するということであり、認知的不協和を感じるということなのです。
これこそが真のノット・ノーマルの道が開けるときです。
真のノット・ノーマルを体現する人間は、ゲシュタルトメーカーという非常にI.Qの高いクリエイティブな人間なのです。
ここからお分かりのように、ノット・ノーマルは変人であることとは全く違います。
むしろ、最も正常な人間です。
自分の頭で考えることができ、よりよい世界のビジョンを持ってその実現のために生きることができる人間です。
そう、ノーマルとは洗脳された状態であり、ノット・ノーマルとは社会的洗脳から自由な状態なのです。
ノーマルへの忌避は、結局洗脳空間から抜け出すことができていません。
このメルマガの読者である皆さんは、真のノット・ノーマルを志してください。
それは、誰かに照らしてもらった世界を生きるのではなく、自分のマインドで世界を照らして生きるということなのです。
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