苫米地式コーチング認定コーチ 鈴木湧大
こんにちは。苫米地式コーチング認定コーチの鈴木湧大です。
ここ数年間苫米地式コーチング認定コーチとしての活動を休止しておりましたが、その間も苫米地博士からコーチング、気功、催眠、秘流古武術などを学び続けてきました。
そして、この度再び苫米地式コーチング認定コーチとしての活動を再開することといたしました。
今回は、活動を再開してから初めての記事となりますので、私が何をしてきたか、そしてこれからコーチングを通して何をしていきたいかということを書いてみようと思います。
私は19歳の頃に苫米地式コーチング認定コーチになりました。
おそらく今も昔も、この年齢で苫米地式コーチング認定コーチになったのは私だけです。
その頃から苫米地博士に学び続け、国際基督教大学を卒業し、国際基督教大学大学院修士課程を卒業したあと、会社員というか、普通の人の人生を経験してみたくなりまして、社会人になりました。
それまでコーチング理論やマインドの仕組み、人間の仕組みを苫米地博士から教わり、大学・大学院では哲学と神学を学びながら、とてつもなく抽象度の高い学びをしてきましたが、現実といいますか、世間で普通に生きている人はどんな世界に生きているのだろうかと気になったのです。
コーチングはもとより、私が学んできた内部表現書き換えの技術は、抽象度の高い情報空間を認識して操作することにより、マインドや宇宙に働きかけるものです。
しかし、それを用いて助ける相手は、そういうことを知らずに普通に生きている人たちですから、多くの人が経験している大変なことや辛いことなどを含めいろんな現実を知って、それからコーチングの世界に戻ってこようと思ったのです。
その社会人の期間に何をしていたかと言いますと、西武・プリンスホテルズワールドワイド(通称プリンスホテル)に総合職として入社し、勤務しておりました。
最初1年間を予定されていた総合職研修を一人だけ二ヶ月で終え、私は英語ができるものですから、苗場プリンスホテルのドイツ人総支配人の通訳(日英同時通訳)をして、その後本社のファイナンスの部署で働きました。
苗場プリンスホテルで同時通訳をやっていた頃は、フジロックもあり、苫米地博士に現地でお会いすることもできました。フジロック後の博士のポストに苗場プリンスホテルと書かれており、嬉しかったのを覚えております。
総支配人の同時通訳業務もそうですし、本社のファイナンスの部署でも、資本主義社会の真っ只中と言いますか、お金の動き方、動かし方について多くを学ぶことになりました。
ホテルですから、もちろん顧客満足度やマーケティングのようなことも考えるのですが、その裏には売上を上げ、ホテルの価値を高めて、そのホテルを売買するという投資や不動産の考え方などが背景にあります。
そして、いわゆる大企業でしたので、組織がどのように動くのかも、総支配人というトップの視点や、本社での視点など、あらゆる視点から見て学ぶことになりました。
まさに人間が営む組織(Organization、Order、秩序)について、身を持って学ぶことになりました。
プリンスホテルに勤める傍ら、ヒーリングもやっておりまして、零式ヒーリングアカデミーを立ち上げてヒーリングをしたり、エネルギーワークを教えたりということもしてきました。
零式ヒーリングアカデミーでの私の活動は、こちらからご確認いただけます。これまでの経歴・実績も細かくご覧いただけます。
修士課程を終え、社会人生活を送り始めてからは、資本主義社会の中に身を置きながら、同時に宇宙の中でヒーラーとしての機能を持つという、二重の生活を送っておりました。
ヒーリングというのは、宇宙の中に身を置くものであり、社会の中に身を置くものではありません。
人間は、社会の中に身を置くだけの生活を送っていると、少しずつ生命としてのシステムに歪みが生まれていきます。
正常な形に戻していくには、大きな宇宙のシステムを用いて、内部表現を書き換えていく必要があります。
会社勤めをしながらヒーラーとしての活動をするというのは、なかなか学びが多い日々でした。
現在は、ヒーラーとしての人生、そしてコーチとしての人生を主軸に据える時期に来たと思い、独立して活動しています。
人が社会を営むと、そこにはヒーラーが欠かせません。
そして、社会を変えるには、コーチが欠かせないのです。
私は多くの人が充実した幸せな人生を生き、次世代のためにいい社会を作っていくためのインフラとしての機能を担う存在になることを決意して、社会でこの2つの機能を果たす今の人生を選びました。
ここからは、コーチの存在意義を、ヒーラーと比較しながら、お伝えしようと思います。
比較するということは、比較する土台となる共通するものが両者にはあります。
その共通の土台とは、コーチングもヒーリングも、人間の仕組みと宇宙の仕組みに則って人の内部表現を書き換えるものであるということです。
最近、苫米地博士はその仕組みに関する理論を数理的に証明されており、その仕組みが数学で記述できることを明らかにされております。
現代は数学があるので苫米地博士は数学で記述されましたが、人類は内部表現を書き換えるための宇宙の仕組みについて、あらゆる仕方で記述してきました。
仏教はまさにそうですし、老子もイエスも、みんな宇宙と人間の仕組みについて明らかにしてきました。
というか、あらゆる宗教はそのような仕組みについて語っており、その仕組みへの深い洞察を持って人を導いてきた人たちをこれまでは聖職者・宗教者と呼んできました。数学で記述されたことで、今後は宗教ではなく科学、もしくは哲学として、後世には誤解なく伝わることでしょう。
キリスト教文化圏では、キリスト教の倫理のもとに社会秩序は維持されてきましたし、日本では神仏習合した時代の仏教が社会の倫理的基盤となって人々の暮らしを支えていました。
支えてきたというといい響きですが、安定した社会秩序を保つために洗脳してきたということです。
宇宙は絶えず変化しながらも、一定の秩序を持っています。
社会は、社会自身よりも抽象度の高い大きなシステムと調和を保ちながら、より高い抽象度のシステムと相似形の形を持って、その秩序を維持しています。
その秩序は階層的なものであり、抽象度の階段があると言ってもいいですし、計算量の複雑性と言ってもいいですし、最新の苫米地博士の理論では生命現象度という言葉を使ってもいいでしょう。
ヒーラーとは、そういう宇宙の秩序から外れて心身に異常をきたしてしまった人や社会を、宇宙の大きなシステムを用いて正常なホメオスタシスフィードバックへと戻す役割を果たす人のことです。
人は生きているといろんな辛いことを経験したり、なかなか抜け出せない苦境に絶望することがあったり、生き方を踏み外してしまったりします。
しかし、一度汚れてしまった板の間も雑巾で磨き続ければ光沢が出てくるように、抽象度の高いところから整合的に秩序を取り戻すことができれば、そのような一時的な逸脱も人格に深みを与える要素になります。
そのお手伝いをすることが、ヒーラーという存在です。
レジリエンスのお手伝いということですね。
では、コーチはどういう役割を果たす人でしょうか。
実は、コーチは革命家を育てる人なのです。
この意味は、現場の外側のゴールを設定するということの意味を本質的なところで理解すれば自ずと明らかになります。
コーチングを受けていない人、すなわちゴールが現状の外側に設定されていない人は、誰かから受け取ったゴールを自分のゴールとしている人です。
先ほどの秩序の話になぞらえると、秩序の中で一つの役割を担っている人のことです。
コーチングで現状の外側のゴールを設定するというのは、自分が秩序の源泉になるということです。
誰かが決めた評価基準の中で生きるのではなく、自分が評価の基準を作る人間になることを決意して、自分が作った評価基準で成功していると思える状態を目指して人生を歩むということです。
キリスト教では、こういう存在をメシア(救世主)と言います。
当時のユダヤ教社会において、まさにイエスはキリスト(=メシア)でした。
彼は、ユダヤ教社会の中で当時の社会の評価基準が救われるかどうかという人間の価値を決めるものとされ、それが差別につながっていることに憤りを覚えた人(クリスチャンにとっては同時に神)でした。
イエスのメッセージは、神の無償の愛は全ての存在に平等に降り注がれており、何をしようが最初から救われているというものです。
だから、本心から自分がやりたいことをやって生きていいのであり、何か正しいとされていることのために、劣等感や焦りをベースに生きる必要はないのだということです。
同じメッセージを人類に残した人物として、お釈迦さまがいます。お釈迦さまは、この世に絶対的な正しさ(秩序)など存在しないと言い放った人でした。
私は苫米地博士があるYouTubeの質問コーナーで、「自分よりすごいと思う人はいますか?」という質問に対して、「オリンピックなんか見たらその分野だと俺よりみんなすごいと思う」とお答えしているのを見て、苫米地博士はまさに活仏だなと思ったものです。笑
絶対的な正しさなんて存在しないことが分かれば、絶対的な優劣なんてつけられないし、自分の好きな価値観をもとに人生を構築していいとわかるのです。
ところで、現実のコーチングの場面では、ファイナンスのゴールについては重要になります。
それは誰もがお金がないと生活できないし、やりたいことをやるために経済的な自由はある程度必要だからです。
それは健康と同じく人生のベースとなる、バランスホイールにおいて欠かせないゴールの一つです。
しかし、ファイナンスのゴールにしっかりと向き合う必要があるのは、そういう理由だけでなく、現代にはお金持ちこそが偉いという金融資本主義といいますか、拝金主義に毒されているきらいがあるからです。
どれだけお金持ちになることができるか、もっとお金持ちになりたいと、コーチングを受けるという人も少なくありませんし、企業がコーチングを導入する場合にはROI(Return Of Investment)を考えるのは当たり前のことです。
投資するなら、投資した以上の成果を回収しなければということです。
ROIがきちんと確保できない稟議(Approval Document)など、大企業であればあるほど通ることはないでしょう。笑
しかし、本質的には企業のコーポレートコーチングも同じなのですが、個人がパーソナルコーチングを受けるという時には、むしろそこを考えてはいけないのです。
コーチングは、何を成功の基準とするかということそのものを自分で決めて生きていきなさいという形での自立を促すものです。
そのコーチングを、資本主義は与えた成功の基準の中でより高みに至るためにというモチベーションで受けるというのは、お米を収穫したいのに大豆の種を蒔いているようなものです。
コーチングは、医療や安全保障(軍事)に似ています。医療も安全保障も、命を守るものですから、資本主義という物差しで測ることはできないものです。
コーチングによって得ようとするものを資本主義という物差しだけで測ろうとすると、コーチングの本質を見失うのです。
そして医療も安全保障もコーチングも、生死の境を意識するものという点でも共通しています。そのときに克服するのは恐怖であり、それは埋め込まれてきた過去のブリーフシステムそのものなのです。
だからこそ、コーチングは、かつてイエスがユダヤ教社会において人々の心を解放したように、拝金主義を含むあらゆる洗脳から人々を解き放って真に自分が望む人生を生きるための脳内革命を起こすのです。
そして、その方法は現状の外側にゴールを設定するということです。
それは、成功の基準を自分自身で決めるということなのです。
お釈迦さまは死の直前にこのような言葉を残しました。
自らを島とし、自らをたよりとして、他のものをたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとするな
これは自灯明法灯明と呼ばれていますが、コーチング的には「誰の言葉に耳を傾けるのか」という問いに言い換えることができます。
誰かを拠り所として、その誰かが作ったものを拠り所として、評価基準にするということは、その人の言葉に耳を傾けたということです。
途端にあなたは、劣等感と他人のゴールを自分の心に抱き、自分の人生を生きることができなくなります。
つまり恐怖という鎖によって縛られた奴隷ということです。
しかし、奴隷というのは楽なもので、優越感に浸るのは気持ちいいものですし、考えることなく自己のために邁進するのは周りを見ていれば当たり前のように感じられます。
自由意志によって生きる自灯明法灯明は、逆に言えば大変です。
会社を辞めたときの私もそうでしたが、突然(所詮は小さなものではあるのですが)ア・プリオリの世界のエリートから自分自身の道を切り開くことになるので、勇気が要ります。
その結果得られるものは、本物の生きがいです。
ところで、私はこの1年で、自分の家族も含め人の死に触れることが多々ありました。ヒーラーというのはそういう仕事ですので、まあ職業柄ということなのでしょうか。
いつも思うのは、死ぬ瞬間に「充実した素晴らしい人生だった」と言えるのはどういう人生だろうかということです。
死の瞬間に、お金や名誉などあの世に持っていけないものへの執着などどうでも良くなり、あらゆる洗脳から解放されながら自分の人生を思い返したとき、あなたは「充実した素晴らしい人生だった」と言えるでしょうか。
私は、そう言えるためには自分にとっての本当の幸せとは何かということを自分で決める必要があると思うのです。
なぜなら、充実していたかどうかは、他でもない自分が決めることだからです。
きっとそのための一歩を踏み出すのは、怖いことでしょう。
「私はこうでなければいけない」という変化に対する恐怖を跳ね返し、縁起をひっくり返さなければいけないからです。
それをするのがコーチングの中心にある現状の外側にゴールを設定するということなのです。
そして、そのために私のようなコーチがいるのです。
あなたがどんなに変わっても、常に味方でいてくれる存在が隣にいることによって、人はエフィカシーが上がり、現状の外側にゴールを見出すことができるのです。
コーチングとは、過去の縁起の全ての意味を、現状の外側にゴールを設定するということによって一瞬にして書き換え、自分自身の人生を手にいれるという革命を起こすためのものです。
ルー・タイスと苫米地博士から私へと伝えられたコーチングは、そういうものです。
エフィカシーについては、また次回の記事で詳しく書くことにします。
今回はOrder(オーダー・秩序)という哲学の概念から、コーチとヒーラーの比較をしつつ、私の役目についてお話をしてきました。
私はプロフェッショナルコーチとして生きるための訓練と経験を積みながら、コーチとして活動をする準備をしてきました。
2018年に認定コーチ養成講座を修了してから、直近では2026年上期苫米地英人アカデミー修了し、継続して2026年下期苫米地英人アカデミーを受講しています。その間の8年間も認定コーチ向けの苫米地博士のシークレットセミナーやオープン開催のセミナーを通して、コーチングだけではなく、古武術・気功・催眠などを苫米地博士から直接、多くを学んできました。
これから、最新の理論と技術を用い、プロフェッショナルコーチとして、皆さまのエフィカシーをブーストするための一助となれるよう、情報発信をしていきます。
また、クライアントの一番の味方として、クライアントの利益100パーセントで生きるプロフェッショナルコーチとして、絶えず精進し進化し続け、クライアントの真のアファメーションとしてのコーチの使命を全うしていきます。
今後、YouTubeやXでも情報発信を進めていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。今回は、リニューアルした公式サイトをご紹介させてください。
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